言われている意味がわからないと言いたげな瑠駆真。
「今度も? 何それ?」
「廿楽ん時みたいに、また無謀な行動を起こすんじゃないだろうな?」
「あぁ」
納得したような声。
「別に、誰かに喧嘩を売るようなマネはしないよ」
今回はね。
「ただ、僕としてはこのまま黙って見過ごすつもりもないからね。最低限の行動は起こそうかと思って」
霞流慎二を甘く見ていた。自分たちの恋路を邪魔するような存在にはならないという言葉を100%信じていたワケではないが、それでも、聡ほどの障害にはならないだろうと思っていた。
こうなってしまった以上、せめて最低限度、こちらの存在も示しておかなければ。
「別にわざわざ君に知らせる必要もないとは思うが、黙って行動して、また君に抜け駆け呼ばわりされるのも納得がいかないからね。それになりより、君の方でも何か行動を起こすかもしれない。鉢合わせたり、お互いが邪魔をする存在になっては、それこそ霞流の思う壺だとも思う。だから念の為に連絡をした」
「動くって、何をするんだ?」
なぜだか声を潜めながら再び聡が問う。
「別に、大した行動でもないさ」
本当に大した事でもないというような間延びした声。
「単純に、乗り込むだけ」
「乗り込む?」
「そう」
「どこに?」
「霞流の家に」
それ以外にどこへ乗り込むと言うのだ? そんな含みをもたせた言葉に、聡は一瞬絶句する。
「美鶴のイブを邪魔する気か?」
「別に邪魔をするつもりはない」
心外だと言いたげに声音を鋭くする。
「ただ、できれば僕も混ぜてもらえないかと思ってね。丁重に訪ねてみるだけさ」
瑠駆真の声には、悪びれる様子は無い。
「そもそも美鶴は、来るなとは言わなかった。僕たちが彼女の事を想っている事くらい、彼女も霞流もわかっている。彼女が霞流の家に居るとわかっていて僕が訪ねたって、別に変でもないだろう?」
そ、それはそうだが。
「ひょっとして美鶴の話は嘘で、本当は霞流が居て、行っても邪魔だから帰れって追い返されるだけかもしれないぜ」
「その時はその時さ。相手の行動によって考える」
引き下がるか、それとも――― 奪い合うか。
「それに、霞流が居たとしたならば、それはそれで構わないとも思う」
「え?」
「彼の気持ちも知りたい」
美鶴の気持ちは本人から聞いた。信じたくはないが聞いてしまった。では、相手である霞流の気持ちは?
返事はもらっていないと、美鶴は言った。
「霞流としてはどうなのか、それによってはこちらの態度も変えなければならないと思う。ひょっとしたら霞流にしてみれば、別に美鶴など恋人の対象にもならないのかもしれない」
「じゃあ、何でイブに招待なんかしたんだ?」
「忘れるな。美鶴は、招待してくれたのは使用人の幸田という人間だと言ったんだ」
「えっと、だから、でもそれはひょっとしたら嘘かもしれなくて」
事実と憶測と懐疑がごちゃ混ぜになる。口ごもりながら混乱する聡に、電話の向こうでため息が漏れた。
「聡、これだけはハッキリさせておけ。僕たちは、彼女のイブの行動に関して、ほとんど何も知らないんだ」
「知らない?」
「そう。彼女から聞かされた内容以外、何も知らない。そして、聞かされた内容のどこまでが本当かもわからないんだ」
「まぁ、そうだよな」
「だったら、実際この目で確認するしかないだろう?」
「ま、まぁ、それはそう」
もっともだ。瑠駆真の言う事に間違いはない。
敵ながら納得してしまう。
「そうだよな。確かにその通りだ」
「だったら確かめるしかない。疑いながら悶々と過ごすのは、いい加減、限界なんだっ」
限界。
その言葉に、聡はなぜだかカチッと気持ちの何かが嵌るような気がした。
「だから僕は、自分で確認してみる事にしたんだよ」
美鶴を信じていないワケではない。ただ、やはり不安なのだ。本当に美鶴が霞流と一緒ではないのか? 美鶴がどんなイブを過ごしているのか? そして、自分も一緒に過ごす事はできないのか?
二人っきりでなくてもいい。せめて、少しでも傍に居られたなら。
「僕は行く」
じゃあ、という言葉と共に切れそうになる携帯へ、聡は慌てて声をあげる。
「待てっ!」
言ってから慌てて口を抑える。
深夜だ。声が響く。隣の部屋に聞こえただろうか? だが、今は確認などしている場合ではない。
「俺も行く」
その言葉に携帯はしばし沈黙。
「もしもし?」
だがやはり無音。
切れたか?
ディスプレイを確認する。繋がっているはずだ。
「おい、瑠駆真?」
「聞いてる」
低い声。そして、小さく息を吸う音。
「もし霞流と鉢合わせて、無茶な喧嘩を売られると困るんだけど」
「そんな事はしない」
「何を根拠に?」
ぐっ。
反論できない。
霞流の家へ行って、居ないはずの霞流と鉢合わせて、しかも楽しそうにしている美鶴の姿を見たら、自分は自分を抑えられるだろうか?
自信は、正直無い。だが―――
「抑えるよ。絶対に抑える」
食い下がる聡に、瑠駆真はまた小さくため息をつく。
無理だろう。聡を納得させるのも説得するのも無理だ。なぜならば、自分が逆の立場だったなら、やはり行くというだろうから。
「わかったよ」
了解して簡単に打ち合わせ、二人は電話を切った。
乗り込む。
バッタリとベッドに仰向けになり、聡は天井を見つめる。
どうなるのだろう? 霞流は居るのだろうか? それともやっぱり居ないのだろうか? もしいなかったとしたならば、美鶴は俺たちの行動をどう思うだろうか? 疑うなんてサイテーだっ などと怒るのだろうか?
不安は尽きない。だが、なぜだかさっきまでよりは少しだけ胸の内が軽くなったような気がする。
憶測だけで悶々と悩んでるのは、もう限界。
そうだ。悩んでたって、解決はしないんだ。
言い聞かせながら、その事実を敵に思い知らされた事には情けなさも感じた。
瑠駆真って、やっぱり俺よりデキる奴なんだな。
自分の不甲斐なさに、聡は大きくため息をついた。
こうなるだろうとは、頭のどこかでわかっていたのかもしれない。
瑠駆真は、切った携帯を眺めながら思う。
霞流の家へ行こう。
そう決断した時、瑠駆真の頭に聡が浮かんだ。
連絡しなければ、また抜け駆けだと罵られる。それに、彼だって何か行動を考えているのかもしれない。そんな思いがあったのは間違いない。
だがなんとなく、それは言い訳でもあるような気がする。
誰かに告げて、決心を固めたかったのかもしれない。
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